昨年初冬、左目の上にいくつかの吹き出物ができた。赤みを帯びているが痛みはない。はじめはそれほど気にしていなかったが、市販の薬を塗っても治る気配がない。一週間ほどたって通りすがりの皮膚科クリニックへ出向くと、予想もしなかった病名を告げられた。
診断結果は「帯状疱疹(ほうしん)」。医師の説明によれば、水ぼうそうにかかったことがある人は治った後もウイルスが脊髄近くの神経に潜伏し、中年以降、過労やストレス、加齢などで免疫力が低下すると再び活性化して発症するものだという。かつて背中から腹部にかけて帯のような疱疹ができ、激痛に苦しんだという友人の話を思い出したが、あまりにも症状が違う。医師に聞くと答えは明快だった。「人によって症状はさまざま。軽く済んで幸いでしたが、帯状疱疹を甘く見てはいけませんよ」。飲み薬を処方され、ほどなくしてできものは消えたが、あざは今もしっかりと残っている。
ほぼ一カ月後の年末、今度は首から左肩にかけて激しい痛みが出た。持病の頚椎症の痛みに似ている。四〇歳代後半ころから、だましだまし付き合ってきた痛みだ。学生時代、アメリカンフットボールをしていたときに痛めた首の後遺症でもある。「また再発か」と諦め、かかりつけの整形外科へ向かった。
この一五年近く、このベテラン医師に救われてきた。注射や首のけん引などの治療で、まるで魔法のように痛みが消えるのだ。今回もすがるような思いで治療を続けたが、これまでとは明らかに違う。三日たっても四日たっても痛みはひかず、眠れない夜が続いた。
すると医師は全く想像していなかったことを言った。「帯状疱疹かも」。皮膚に疱疹は出ていない。「まさか」と思ったが、医師によると「多分間違いない」。同じような症状の患者を多く診てきた名医の助言に従い、血液検査の結果が出るのを待たずに帯状疱疹の薬を飲み始めた。数日後、医師の見立て通り血液検査で「正常値の三二倍の帯状疱疹ヘルペス検出」という結果が出たころには、首や左肩の痛みはすっかり緩和されていた。
日ごろの不摂生な生活に思いをはせる一方で、体の中で老化が確実に進んでいことを実感した。「帯状疱疹を甘く見てはいけませんよ」という忠告を受けていたにもかかわらず、再び発症したのは自らの甘さにほかならない。
帯状疱疹ヘルペスによって神経細胞が傷ついた後遺症で、左手の小指がしびれる神経痛は今も続いているが、不思議と再発への恐れはない。「いざとなればまた、かかりつけの名医が救ってくれる」。そんな医師への信頼が安心感につながっている。有難い。