浄土真宗本願寺派 紫雲山 光明寺

ジャーナリストの眼力

「石ころ」は救われないのか

高校の卒業アルバム。将来の夢は「石ころ」と書いた。ただ、そこにあるだけで、誰にも気に留められることもない存在だ。そういうものになりたいと書くしかなかった苦しみを想像するとき、暗たんたる気持ちになる。

二〇二二年七月、安倍晋三元首相が街頭演説中に殺害された衝撃的な事件。「石ころ」と書いたのは、安倍さんを殺害した山上徹也被告(四五)だ。山上被告は法廷で「石ころ」の意味を問われ、こう答えている。「ろくなことがないだろうということです」。そして今の自分についても「生きているべきではなかったと思います」と語った。

この事実を報道で知ったとき、思い出した歌がある。谷川俊太郎さん作詞、小室等さん作曲の「お早うの朝」という歌だ。「ゆうべ見た夢の中で ぼくは石になっていた 見知らぬ町で人に踏まれ 声を限りに叫んでいた……」。一九七六年、山田太一さん原作のドラマ「高原へいらっしゃい」の主題歌だった。ドラマの内容はほとんど覚えていないが、「石になっていた」という歌詞だけは鮮明に刻まれている。多分、「石ころ」になりたいと書いた山上被告も声を限りに叫びたかったのではないだろうか。「なぜ俺はここまで人に踏みつけられなければならないのか」と。

幼少期に父親が自殺、兄は病気を抱えていた。母親は救いを求めて世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に入信した。相続した家や土地を売却して献金を続け、その総額は一億円に上った。生活は困窮し、被告は大学進学を断念するしかなかった。「お早うの朝」の歌詞はこう続く。「夜の心のくらやみから夢はわいてくる さめても夢は消えはしない けれどお早うの朝はくる」

だが、山上被告に朝は来なかった。教団に激しく反発していた兄が二〇一五年に自殺。自責の念にかられた山上被告は教団への怒りと恨みを増幅させ、教団幹部の襲撃を計画したが失敗。手製のパイプ製造に自己資金をつぎ込み、自己破産目前で銃撃の対象を安倍さんに変更して凶行に及んだ。

奈良地裁は一月、山上被告に求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。過酷な境遇は量刑に一切考慮されなかった。言うまでもなく、山上被告は断罪されるべき加害者である。だが同時に、悲惨な生い立ちを背負わされた被害者でもある。この二つの顔を一緒にはできず、かといって全く別に考えるのも難しい。

山上被告が控訴したため裁判はまだ続く。「石ころ」になりたいと書くしかなかった「宗教二世」の山上被告は、なぜ救われなかったのか。教団と政治家の不透明な関係の解明もまだ終わっていない。山上被告がこの事件を通してあぶり出した事実をあらためて確認しながら、大阪高裁での審理に注目したい。

(西日本新聞客員編集委員)