浄土真宗本願寺派 紫雲山 光明寺

ジャーナリストの眼力

あれから9か月後の首相襲撃

 四月一七日、衆院選和歌山一区補選の応援演説をしていた岸田文雄首相(六五)が襲撃された。投げつけられた爆発物はすぐに爆破せず、幸い岸田首相は難を逃れたが、最悪であれば多くの聴衆を巻き込んだ大惨事もあり得た事件だった。昨年七月、安倍晋三前首相(六七)が凶弾に倒れてからわずか九カ月。その際にコラムで示唆したことが現実となってしまったことに衝撃を受けている。

 昨年秋のコラムでこう綴った。「社会への復讐としての、半ば自殺的な殺人はこの先も減ることはないだろう。安倍元首相のような要人や政治家が再び犠牲になる可能性もあるだろう。自己責任をうたい、格差を拡大し、社会的な結びつきを破壊する新自由主義の在り方はこのままでいいのか。要人警護の強化を指示するだけでは何も変わらない」

 凶行の動機は違う。安倍元首相を襲った山上徹也被告(四二)は家族を破滅に追い込んだ旧統一教会への復讐が狙いだった。かたや岸田首相を襲った木村隆二容疑者(二四)は黙秘を続けており、その動機は定かではない。ただ、自ら訴訟を起こすほど選挙制度や政治に不満を抱いていたことが明らかになっている。

 「市議になりたいが、年齢制限があり立候補できない。憲法違反ではないのか」。昨年九月、木村容疑者は兵庫県川西市の自宅近くの公民館で開かれた集会で、大串正樹衆院議員(五七)に詰め寄り、二〇分にわたり質問を続けたという。地方議員に立候補できるのは二五歳。木村容疑者は当時二三歳だった。

 この三カ月前、木村容疑者は神戸地裁に裁判を起こしていた。訴状は「参院選(投票日七月一〇日)に立候補しようとした」と始まる。三〇歳以上にならないと立候補できないと定める公職選挙法について「被選挙権年齢には何ら根拠がない」と批判し、国に賠償を求めた。自ら主張をまとめた書面からは木村容疑者の強い不満と執着がうかがえる。「政治家が国民のために存在しないのは制限選挙を続けてきたからだ」と主張したが、昨年一一月、神戸地裁は請求を棄却。木村容疑者は判決を不服として控訴し、五月には大阪高裁の判決が予定されていた。

 控訴審での敗訴を覚悟し、自らがおかしいと思うことを世間に知らしめるには時の首相を狙うのが最も効果的と考えた可能性はあるだろう。裁判と事件を結びつけるにはあまりにも論理に飛躍があるが、常識では動機とは思えないような動機で要人襲撃に突き進む時代なのかもしれない。テロ対策を口実に、今以上の監視社会、警察社会にすべきだとの声が政治家を中心に強まるのは必至だろう。

 だが、旧知の元刑事は言う。「選挙遊説中のテロは防ぎようがないんだ。金属探知機を増やそうが、警護のSPを増やそうが、道路や広場など公の場に集まる不特定多数の有権者を制御できるわけがない」

 備えよりも覚悟が必要な時代なのか。答えはない。