浄土真宗本願寺派 紫雲山 光明寺

光明寺だより

新薬開発と少子高齢化

シミックホールディングス株式会社

元シミック株式会社代表取締役社長

光明寺門徒 藤枝 徹

 

 「薬」は、人類が発明した最もすばらしいものの一つであることに異論はないでしょう。特にここ数十年の近代社会においては、数々の新しい薬が誕生し、それらは、病の苦しみから人々を救い、大幅な寿命の延長をもたらしました。

 新しい薬を開発する、それは気の遠くなるような長くて厳しい作業です。製薬企業の研究所、大学や医療機関の研究室、あるいはベンチャー企業などで発明発見された物質のうち、幾多の試験管レベルの試験や動物試験を経て、ターゲットとなる病気への効果が期待でき、また、ヒトに使えるだけの十分な安全性が確認されたものだけが選択されます。その後、実際にヒトに投薬し、有効性や安全性を確認する臨床試験(治験)が行われます。そこで十分な結果が得られた場合に、得られたデータを纏め、国の審査を受け、新しい医薬品として承認を受け、ようやく発売へと至ります。最近では、研究所で発明発見された物質が、医薬品として承認を受ける確率は約30,000分の1、研究開始から承認を受けるまでの期間は10年~15年、一つの医薬品を創出するための開発費用は1,000億円以上ともいわれています。

 1980年代から2000年頃にかけて、日本は医薬品大国でした。多くの新薬が開発され、国民皆保険制度のもと、特段の不自由なく使われてきました(それを薬漬けと言う人もいるかもしれませんが)。日本は世界第二位の医薬品市場となり、製薬産業は発展し、国の基幹産業の一つとして位置づけられるようになりました。日本の製薬企業が開発した数々の新薬は、世界の人々のもとにも届けられました。

 しかし、時を経て、状況が少しずつ変わってきました。実は、現在、世界で開発されている新薬のうちの半分以上は、日本では開発されていなかったり、開発が大きく遅れたりしているという事実があります。これはドラッグロスとかドラッグラグと呼ばれています。なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。この原因を探っていくと、日本の少子高齢化に行き着きます。

 少子高齢化が進むと、社会保障制度の維持が難しくなります。医療費の増加抑制は必至であり、その中でも薬剤費が削減対象にされる傾向があります。日本の薬の価格(薬価)は国が決めていますが、同じ新薬でも日本の薬価は諸外国よりも低めに設定されるのが一般的となっています。さらに、この薬価、ほとんどの薬で、毎年下げられています。薬価が下がるからといっても、それに応じて、生産・流通コストや人件費が下がるわけではないので、製薬企業の儲け(利益)はどんどん減っていくことになります。古くからの薬では、売れば売るだけ赤字というものもあります。

 また、先に述べたように、新薬は国の承認を受けなければ発売できません。日本で承認を受けるには、一般的に、ある程度の日本人での治験のデータが求められるため、日本で治験を実施する必要があります。治験は、GCPと呼ばれる万国共通の厳格な規則のもとで行われますが、日本人の几帳面さからか、日本では手間がかかりがちで、外国と比べて治験のコストが高いといわれています。

 日本の製薬企業も、海外の製薬企業も、高いコストを払って日本で新薬を開発し、承認を得ても、低い薬価しかつかないし、ついた薬価も年々下げられてしまう。そんな日本にビジネスとしての魅力は少なく、日本での開発や上市が後回しとなるのは自然な話ともいえます。すなわち、少子高齢化が進む中、社会保障制度維持のために薬価を低く抑えた結果、多くの新薬が日本では開発されないという事態に陥ってしまっています。

 岸田首相は、異次元の少子化対策を行うと言っています。健全な社会保障制度がある社会は、最新の薬へのアクセスも良くなるということでもあります。この視点に立つと、少子化対策は健康長寿社会の実現にも繋がるということになります。実効性のある異次元の政策を期待したいところです。