四年ぶりの衆院選。投開票日の十月三十一日夜、テレビ各局は定番となった開票特番を組んだ。午後八時と同時に、各党の獲得議席予想が一斉に報じられる。開票が進むに従って当確が増え、予想が現実に移行していく。すっかりお馴染みとなった風景だが、今回は予測できなかった別の現実が加わった。京王線の電車内で起きた無差別襲撃事件である。
事件は午後八時ごろ、京王八王子発新宿行き特急で起きた。福岡市から上京した服部恭太容疑者(二五)は、乗客の男性(七二)に殺虫剤スプレーを噴射して刃物で刺し、別の車両に移ってライターオイルをまいて放火。乗客の男女一六人も煙を吸うなどしてけがをした。
選挙特番中に飛び込んで来た異常な犯行を視聴者はどう受け止めたのだろうか。テレビ各局は選挙速報の隙間を縫うように、この事件の情報を刻々と報じた。炎が吹き上がる瞬間やパニックに陥って逃げ惑う乗客たち。車内の座席で足を組んでたばこをふかす服部容疑者。乗客などが撮影した動画は会員制交流サイト(SNS)で拡散し、選挙特番の中でも繰り返し報道された。
この日はハロウィン。服部容疑者は紫色のスーツを着込み、米人気コミック「バットマン」シリーズの悪役ジョーカーに扮していた。 「誰でもよかった。ハロウィンで混雑する車内で二人以上殺せば死刑になると思った」。派手ないでたちで自己顕示的な自暴自棄の凶行だった。事件の背景には、社会、経済の閉塞感やSNSの普及による自己承認欲求が一端にあるとみる専門家は多い。「生活に行き詰まる中、SNSの『いいね!』のように、無差別に人を傷つけてまでも誰かからの評価を得ようとする人は少なくない」との分析だ。
選挙速報でもちょっとした異変があった。全局、出口調査などを基にした事前予想が大きく外れたのだ。これはあまり例がない。これほど自民党が議席を獲得し、与党が絶対安定多数を確保するとは。これほど立憲民主党が大負けするとは。日本維新の会の議席が約4倍にもなるとは。上がるとみられていた投票率も伸びず、戦後三番目に低い五五・九三%だった。自分の一票で世の中が変わるという将来への展望が少しでも感じられていたら、投票率も選挙結果も違ったものになっていただろう。そんな閉塞感を象徴するように起きたのが、生きる希望を失った男の救いようのない凶行だった。
四年ぶりの衆院選で実現されたかのような代議制民主主義という幻想と、ハロウィンに浮かれる若者であふれた電車を狙った無差別襲撃という現実。同じ日の夜に起きた出来事がどこかでつながっているように感じるのは私一人ではないだろう。決して忘れてはならない日がまた一つ増えた気がしている。
(TVQ九州放送・傍示文昭)