浄土真宗本願寺派 紫雲山 光明寺

ジャーナリストの眼力

いざテレビの世界へ

2020.9.20

【いざテレビの世界へ】

 

TVQ九州放送 報道スポーツ局長

 

傍示 文昭

 

もの心ついたころには茶の間に白黒テレビが置かれていた。ただ、一家に一台の時代。 しかも茶の間には常に祖父が陣取っていた。チャンネルの主導権は祖父が握っている上、「テレビからは頭の悪くなる電波が出ている」が祖父の口癖だった。そんな祖父の前でアニメーションを見ることなど許されるはずもなく、時おり祖父が外出するすきを縫ってテレビにかじり付いた。

 

その祖父が病床に伏し、茶の間の「主」がいなくなったときは、不謹慎ながら「これで好きな時にテレビが見られる」と喜んだものだ。

 

幼い兄弟の興味は同じアニメであり、チャンネル争いをした記憶はほとんどない。やがて見たい番組の興味はお互いに少しずつ変わっていったが、そのころには応接間に二台目のテレビがあった。人気のアニメや青春ドラマ、歌謡曲、ギャグなど、小学校で盛り上がる話題は常にテレビが発信源だった。

 

まさにテレビ全盛の時代。一九五三(昭和二八)年の放送開始以来、誰もが容易に利用できる最も大衆的なメディアだった。草創期の五九年に生まれた私たちの年代は、テレビの恩恵を最も受けてきた世代と言えるのかもしれない。

 

還暦を過ぎ、そのテレビの世界で働くことになった。インターネットの普及に伴い、新聞同様、テレビの影響力も急速に低下していることは知っていたが、放送関係者となって突き付けられた現実は「想像以上」というのが率直な感想だ。

 

衛星放送やケーブルテレビの普及、デジタル化やワンセグ放送、オンデマンド放送の開始…。テレビの視聴方法も多様化し、とくに若い人たちの間では動画共有サイトや番組関連情報の検索などネットを利用した新たな形のテレビ視聴が一般化している。

 

それに伴って従来のテレビ放送に対する視聴習慣が弱まり、その結果、テレビCMの影響力も低下。広告収入が大きく落ち込んでいるのだ。そこにコロナ禍が追い打ちをかけ、視聴者だけでなく広告主の「テレビ離れ」も加速。放送事業収入に頼る経営構造を見直さざるを得ない状況に直面している。

 

さてさて、そこで何をやるのか。地方放送局に未来はあるのか。もの心ついたころからずっとお世話になってきたテレビへの恩返しも込めて、可能な限りあがいてみたいと思っている。

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