浄土真宗本願寺派 紫雲山 光明寺

ジャーナリストの眼力

『さだまさし特番(中)』

『さだまさし特番(中)』

 

TVQ九州放送 報道スポーツ局長

元西日本新聞社編集局長

                             

 

■さだまさし特番(中)

 シンガー・ソングライターさだまさしさん(69歳)が「人生最大の恩人」と慕う人がいる。昭和の文壇で異彩を放ち、文化勲章を受章した文芸評論家、山本健吉さん(一九〇七~八八)である。さださんは今、こう振り返る。「あの時、健吉先生が支えてくれなければ多分、ここまで長く歌ってこなかったと思う」

 

 さださんは28歳だった1980年、映画「二百三高地」の主題歌として「防人の詩」を発表した。「教えてください/この世に生きとし生けるものの/すべての生命に限りがあるのならば/海は死にますか/山は死にますか/風はどうですか/空もそうですか/教えてください……」。万葉集に収められた輪廻転生の一首(作者不明)に触発されて、この歌を書いた。

 

  「鯨魚(いさな)取り 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ」(人間は死ぬというが、海や山は死なないのだろうか。もちろん海も山も死ぬ。だからこそ海は潮が引き、山は枯れるのだ。人間も同じだ)。テーマは命の尊さと儚さ。紛れもなく反戦歌だった。

 

  ところが、曲解された。日露戦争の主戦場となった二百三高地の激戦を描いた映画は、どんなに多くの犠牲を払っても自衛のために戦わざるを得なかったという色彩が濃く、「好戦的な映画」と評された。同時に「防人の詩」も戦争を美化する歌だとされ、さださん自身「右翼」という見当違いのレッテルを張られた。

 

 「この歌のどこが戦争美化で、右翼なのか。徹底的に反論したかったけど、いったん張られたレッテルをはがすのは難しかった。腹が立ったし、落ち込んだ。投げやりにもなった」。そんな孤立無援の状況で、山本さんは文芸誌に「防人の詩」を絶賛する論評を掲載。その後もさださんを励まし続けた。

 

 「いなくなった人の歌を歌うのは、挽歌といって日本の詩歌の伝統であって神髄である。君は知ってか知らずか、日本の詩歌の本道をちゃんととらえている。それでいい。君は間違っていないのだから、何を言われてもやり続けなさい。ひるむ必要はない。詩歌に生きた人は、そんなことでひるんだ人は一人もいない」

 

 その言葉に支えられ、歌い続けてきたさださんは山本さんの死後、遺骨が納められている福岡県八女市の「無量寿院」を何度も訪れ、山本さんの墓前にぬかずいてきた。「原点」を忘れないためだ。3月18日に営まれた山本さんの三十三回忌法要にも出席。その夜には八女市民向けのコンサートを開き、山本さんや遺骨を守る関係者への感謝を語り、原点への思いを込めて「防人の詩」を捧げた。

 

 TVQ九州放送のプロデューサーとして八女を訪れたさださんに密着し、特別番組を制作した。タイトルは「さだまさし『原点』への旅」。TVQなどテレビ東京系列ネットでの全国放送は、6月5日(土曜日)午後4時からです。

合掌

(TVQ九州放送・傍示文昭)