浄土真宗本願寺派 紫雲山 光明寺

ジャーナリストの眼力

さだまさし特番(下)

 シンガー・ソングライターさだまさしさんは、六九歳になった今も精力的に歌い続けている。その源流を探るドキュメンタリー番組「さだまさし『原点』への旅」(六月五日、テレビ東京系列六局ネットで放送)を制作した。番宣で使ったサブタイトルは「失われたいのちを歌え―歌手さだまさし・魂の現在地」。番組の軸に据えたテーマは「命」であり、さださんの創作曲の中心に「挽歌」があることを指摘した。

 挽歌とは「葬送のとき、ひつぎを載せた車をひく人たちがうたう歌。また、人の死を悼んで作る詩歌」(大辞泉)を指す。「哀悼歌」「鎮魂歌」とも言う。一九八〇年、映画「二百三高地」の主題歌として発表した「防人の詩」でいわれなき中傷にさらされたさださんを救ったのは、文学界の重鎮、山本健吉さん(一九〇七~八八)の言葉だった。

 「君はいなくなった人を歌うことに長けている。これは挽歌といって日本の詩歌の伝統であって神髄だ。何を言われてもやり続けなさい」。若き日、さださんの出世作となった「精霊流し」もまさに、二〇歳の若さで急逝した従兄への挽歌だった。

番組では、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師に捧げた挽歌「ひと粒の麦」が生まれた背景にも山本さんの言葉があったことを伝えた。

 「実際お目にかかったこともない中村哲先生を歌うのは最初せんえつだなって思ったんですが、山本健吉の言葉を思い出しましてね。叱られるかもしれないけど勝手に僕は残しておこうと、自分の中に中村哲を刻もうと思ったんです」。ペシャワール会の幹部や中村さんの遺族はこの歌に感銘を受け、一周忌に合わせて母校の九州大学で開いた「偲ぶ会」にさださんを招待した。

 「ああやっぱり歌って良かったなと山本健吉に感謝しましたね。これからも自分が感銘したこと、感動したこと、特に命に関わるものはやっぱり訴えていこうと今も思っています」

 番組の後半は、さださんが今もっとも注目しているという俳人で、山本さんの最初の妻、石橋秀野さん(一九一九~四七)に焦点を当てた。辞世の句は「蝉時雨 子は担送車に 追ひつけず」。結核で亡くなる二カ月前、ストレッチャーで運ばれる秀野さんが泣きながら追いかける五歳の娘を見た直後に詠んだ句だという。「もの作りにかける執念は忘れたくないなと秀野に教わりますね」。さださんは命を賭して生み出された俳句の凄みを番組でも語り続けた。

 命を歌う大切さを教えてくれた山本健吉さんと、命を削りながら俳人としての高みに達した石橋秀野さん。二人が与えてくれた「原点」は今後、さださんの作品にどんな風に生きてくるのか。さださんが歌い続ける限り、その生きざまを今後も追いかけたいと思っている。
                                      (TVQ九州放送・傍示文昭)